Nextepisode’s blog

院生(M1) 専門-開発経済/国際関係

共謀罪の何が問題か

 

 今から2か月前、私は共謀罪強行採決されたことを受け記事を書いた。

 

nextepisode.hatenablog.com

 

多くの民衆の意を反して少数の権力者が強引に採決した法案は、我々にこの国の政治が腐敗していることを認識させた。本稿では共謀罪の危険性について、それをさらに敷衍し出来る限り簡潔に問題点を纏めたい。

 

私が懸念する問題点は主に五つある。第一は、「テロ等準備罪」の名称を掲げたからといって、共謀罪と実質的に同一の処罰規定を設ける根拠には全くならないことである。日本は国際的なテロ対策の条約および国連決議を全て実施しており、もともと処罰している準備的行為の範囲も多くの諸外国より広い。

 

名称にごまかされてはならないことは、どこに立法の必要性があるかを具体的に考えればわかる。殺人の目的で凶器や薬品などを準備すると、殺人予備罪が成立する。殺人予備罪で処罰できないテロ準備行為としてありうるのは、殺人の目的になく凶器や薬品などを取り扱う行為や、殺人の目的だが凶器や薬品などを取り扱わない準備行為ということになろう。それらの中で、爆発物取締罰則化学兵器禁止法、細菌・毒素兵器禁止法、サリン法、毒物劇物取締法、銃刀法、特定秘密保護法、詐欺罪、建造物侵入罪、凶器準備集合罪、ウィルス作成罪、電磁的記録不正作出未遂罪、電子計算機損壊等業務妨害未遂罪、偽計業務妨害罪、ドローン無許可飛行罪などの現行法では処罰できないテロ準備行為には、どのようなものがあるか。百も思いつくだろうか。

 

とりわけ最近の最高裁判例は、違法目的で何かを入手すれば詐欺罪、どこかに行けば建造物侵入罪の成立を肯定する傾向にあり、そのいずれにも該当しない準備行為の範囲は相当に狭いはずである。しかも、殺意も危険物の取扱いもない準備行為となれば、捜査機関はそれらがテロ準備行為であることをどのように察知できるのか。常時監視するか、証拠がなくても摘発するか以外に、どれだけの手段があるだろうか。

 

第二に、いわゆるTOC条約(国連国際組織犯罪防止条約)の締結のためにも共謀罪は不要である。条約は、従来の国内法として、犯罪組織への参加罪を処罰するタイプの国と、共謀罪を処罰するタイプの国がほとんどであることを前提に、いずれかの方法で効果的な組織犯罪対策を講じることを求める。国連の立法ガイドは、いずれの制度も持っていない国は、その他の方法で同等の組織犯罪対策を実現するのでもよいとしている。日本はこれに該当するのであって、従来の方法に基づいて対処すれば足りる。

 

本条約のために新たな共謀罪立法を行った国としては、ノルウェーブルガリアしか挙げられていない。ノルウェーは広い共謀罪処罰を導入したが、捜査権限の乱用を防止する制度を充実させている。ブルガリアはもともと日本のように広い予備罪・準備罪等を持たなかった上、共謀罪の適用範囲を事実上マフィアに限定し、テロ組織を対象から外している。本条約自体が、テロ組織ではなくマフィアの対策を目的としており、テロ対策は国際法上も別体系である。

 

第三に、すでに現状でも捜査権限の乱用が問題となっている日本において、さらに処罰規定が大幅に広がれば、その濫用のおそれが一層高まる。第一点について書いたとおり、このように広範な前段階的行為まで実際に訴追するとなれば、通信傍受等の捜査手段を大規模に投入するか、証拠がなくても摘発するしかないだろう。後者は現に起こっている。何の危険も政治性もない通常の表現・営業活動が摘発の対象となり、多くのクラブが閉店に追い込まれるなんてことはひっきりなしにニュースで報じられている。例えば、最高裁まで争った被告人の金光氏は無罪を勝ち取ったが、裁判で争うことのできなかった他のクラブ関係者は、何の違法行為もしていないのに罰金刑が科され、冤罪が救済されないままとなっている。つまり事実として、警察は、最高裁判に従えば無罪となる行為についても広範に捜査権限を行使している。逮捕・勾留や家宅捜査などの強制捜査の対象となった事案の中には、起訴すらされていないものが多数である。これに共謀罪による摘発の権限が加わればどうなるか。

 

第四に、日本は明治時代以来、独自の組織犯罪対策を展開しており、最近の犯罪認知件数は減少して戦後最低記録を更新中である。オリンピック招致が決定した2013年よりも現在はさらに犯罪が大幅に減っている。第二点でも述べたが、国連条約は各国が国内法にあったアプローチで目的を効果的に達成することを求めており、日本は伝統的な共犯論や予備罪等を活用すれば足りるのである。むしろ、近年は、日本の方式と類似する考え方が国際刑事裁判でも採用されるようになっており、日本の組織裁判対策は、理論面でも国際的な規範たりうる。これがもし、全く新たな共謀罪処罰を広範に導入するとなれば、従来の処罰体系が破壊されるばかりか、実務面でも効果的な運用は期待できない。

 

第五に、現在、最も現実性の高いテロの主体は「イスラム国」などの過激派組織であり、安保法案の強行採決直後に日本人を被害者とする殺人事件などを発生させている。テロの危険を低下させる最大の効果を有する手段は、米国と一緒に武力を行使する国になったとのメッセージを解消することである。

 

共謀罪が成立されてからも、法案の問題性が複合的であることから、一般的にはなお難しすぎて理解しようという気持ちにはなれないという人や、オリンピックのために規制強化が必要だと思っている人が多数だと思われる。対して、共謀罪の危険性を理解できている人は、憶測や意見ではなく客観的事実を周囲に知らせるとともに、具体的な必要性や帰結を問いかけることが求められていると思う。

 

第一に、オリンピックに向けたテロ対策のために必要と考えられる犯罪類型を具体的にいくつ挙げることができるか問うてみると良い。ほとんどの人間は一つもあげられないだろう。導入される数百の処罰類型のほとんどは、テロとは直接関係のないものばかりだ。

 

第二に、犯罪の件数が激減して、仕事がなくなった警察が、政府に敵対的でない者をもターゲットにしていることを認識すべきである。すでに、政府の方針に対する抗議行為に携わる人々が長期勾留などの矯正処分を受けているが、摘発のターゲットはそれにとどまるわけではない。記念撮影のために路線に立ち入った女性芸能人二人が鉄道営業法違反で書類送検の対象となった。彼女らの行為は確かに違法ではあるが、それは極めて軽微であり、何の政治性も有していない。改正前風俗法の「ダンス営業」罪で検挙された人たちにも特定の政治的傾向があったわけではない。ここでの冤罪事例の大量発生は、運が悪いだけの人が有罪として扱われうることを示している。改正法で「ダンス営業」罪が廃止されたにもかかわらず、「遊興」処罰が新たに導入されたのは、裁判所の無罪判断を無視してまでも、警察が規制権限を維持しようとしたためである。

 

第三に、名称のいかんを問わず、TOC条約上「共謀罪」として位置付けられているタイプの犯罪類型の処罰を広範に導入した場合、捜査機関がそれらをどのように認知し摘発することができるのか。共謀罪法案に賛成の人には、危険物の取扱いが全くない段階でのその現実的可能性を想定させよ。なお、同条約にいう「組織」とは、二人以上の合意で足りることとされている。また、同条約は、捜査手段が各国の憲法に違反してはならなことも注記されている。

 

実際には、警察が果たすべき任務は大量にある。国会記録の改ざん・捏造や汚職などが放置されているのは、国家機関の構造的腐敗を示すものであり、日本の国際的信用を損なっている。とりわけ民間団体における汚職は日本において野放しであり、外国の捜査機関が日本人・日本企業の行為を対象とするに至っているのが現状である。共謀罪やテロ準備罪という名前に踊らされず、本質を見ればどれだけ不合理で不要な法案が成立されたのかを我々は認識すべきである。そして実際に法案が成立されたからといって、我々はそれに服従する必要はなく、反対の火種を広げていくことが求められる。本当にこんな日本で良いのかと、もう一度自問するべきである。

 

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