Nextepisode’s blog

院生(M1) 専門-開発経済/国際関係

戦争を作り上げた日本の教訓

 

私は地元で英語を教えている。生徒層の幅は比較的広いが、ほとんどが小・中学生である。子ども達には英語を指導しているのだが、授業の合間にある10分間の休憩には英語から離れ、家庭の話や学校の話、友達の話など生徒とコミュニケーションを図る時間を大切にしている。

 

ある日、一人の男子中学生が特定秘密保護法の話をしてきた。どうやら具体的な内容がわからなかったらしい。私は簡潔に北朝鮮やアメリカなどの国を引き合いに出し、この法について説明を行った。

 

生徒は「北朝鮮は危険な国ですよね。日本やアメリカや韓国をミサイルで脅す国ですし、核開発も進んできています」と言ってきた。武力で他国を威嚇する国は怖いよね。では、君にとって良い国とはどこの国なの?と尋ねた私に「アメリカとか日本です」と生徒は答えた。

 

北朝鮮の目に余る水爆実験に対し、アメリカのトランプ大統領は「我々の地球に対する罰は、小さなならず者の独裁国家によって引き起こされている」と語気を強めた。アメリカは北朝鮮に対し”あらゆる選択肢”があるスタンスを崩さないし、日本の安倍総理も「今は対話をする時ではない。圧力をかける時だ」という姿勢だ。民主主義的な対話をあからさまに放棄し、正義を盾にした悪者叩きが始まった瞬間だ。

 

一方で、日本のメディアはというと、北朝鮮への制裁についてロシアと中国をどう説得するかという視点しか取り上げなかった。当たり前の話だが、私の世代も、生徒の世代も、その生徒の親世代も、戦争の残像すら知らない世代になった。祖父母から戦争の話を聞いて育った人たちもいるのは確かだが、そう多くない。北朝鮮の緊張状態を見つめるとき、日本を完全な正義者として捉えているのが気にかかる。

 

確かに北朝鮮は平和を脅かす愚かな行動をしているが”あらゆる手段”を使えばそれは日本も同じである。そして今から70年前、日本は戦争を作り上げた。戦争の加害者としての深い反省があり、真摯に平和を考える姿勢があったからこそ、自衛隊は海外で人を殺さなかった。今日の日本の「北朝鮮が悪いのだから何をしても許される」という空気は、70年超の積み重ねの全否定に他ならない。

 

ドイツのメルケル首相は軍事手段による解決を「絶対的に不適切」とし、外交解決以外を「すべて無効」と言い放った。第二次世界大戦の時、日本と同盟を組み、地上にアウシュビッツを現出させた国が、その教訓を忘れていない。

 

政治家は国の顔であると思う。彼らの発言は国の品位として全世界に受け止められる。重厚で奥深い思慮から紡ぎ出される言葉は、きっと戦争を回避できるだろう。その逆もある。アメリカという巨大な影響力を持つ国の陰に隠れ”いいなり”になるだけが、戦後を生きた日本の首相の役割だとは思えない。

 

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