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多元社会における民主主義の課題と役割

 

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多元社会における民主主義の課題と役割

 

 

2015年の秋、地中海のトルコ沿岸に打ち上げられたシリア難民の少年の遺体写真はシリア難民への世界的な同情と反応を呼び起こした。ドイツのメルケル首相は「シリア難民は全て受け入れる」と宣言し、それを機に100万人を越す中東からの移民、難民がドイツに流入した。民主主義を取るドイツにおいては、国籍は関係なく、一度国に入れば、全ての人間が平等に扱われるべきであるという考えを持つ。今日、世界の多くの国では民主主義の達成が共通目標となっている。2008年から8年間アメリカの大統領を務めたオバマ氏はナイジェリア人の男性とアメリカ人の女性との間に生まれた黒人系であり、一昔前のアメリカの黒人に対するヘイトな立場を知る者にとってはオバマ氏が大統領を務めたことは、ある種の民主主義の成功だと捉えることだろう。

 

その一方で、ドイツもアメリカも、また多くの国々においても、社会はなにも同じ国籍の人間のみで構成されているわけではない。日本は島国ということもあってか歴史的に移民を受け入れることが少数では見られたものの、ヨーロッパの国々やアメリカのように他国からの移民や難民の流入によって社会の様相までもが変わってしまった経験はない。アメリカに至っては毎年平均8万人の難民を受け入れている。このような多元化社会においては日本では想像もつかないような問題が顕在化する。問題の一例を挙げよう。

 

現在多くの先進国では出生率が低い。一人の女性が生涯に出産する子供の数が2.07人を下回ると人口は低下してしまうのだが、現状多くの先進国ではこの数字を下回っている。だが近年フランスやドイツにおいて出生率が上昇してきている。一見するとこのことは望ましいことなのだが、実は出生率が上がったのは移民や難民として国内に入ってきた女性が産む子供の数が多いだけであって、フランス人やドイツ人の女性が産む子供の数は低いままである。そしてこの出生率の上昇に貢献している移民や難民は実は職がなかったり、生活レベルの低い環境にいたりと、子供を産んだものの、どうやって育てていくのか疑問を投げかけざるえない人たちだ。

 

平等に扱われるべきはずの民主主義の国であっても、社会の多元化に対応できておらず、多くの社会問題が深く浸透し、広く拡散している。このような問題の抜本塞源を図るべく、受け入れ国は流入する人々に対し、語学の研修を必須にしたり、シャルターを一時的に提供するなどの努力はしているのだが、現状では、外部からの人間の多くは3K(きつい、汚い、危険)の仕事に従事している。そのような不平等に耐えることができなくなった人間が、テロなどの重大な犯罪に手を染めてしまうのだ。

 

また受け入れがたい事実だが、現代社会において難民や移民を受け入れている多くの国は所謂ヨルダンやレバノンなどの後発国と呼ばれるような国で、国自体に受け入れるキャパシティーがないのにも関わらず、国の国境管理や政策がうまく機能していないが故に、渋々彼らを受け入れ、それが副作用として第二、第三の問題を引き起こしている。

 

日本はといえば、他の先進国に比べ、他国の人間を受け入れる門戸は狭く保守的である。国の治安の悪化を恐れ受け入れないという姿勢は理解できなくもないが、その門戸は少しづつでも開けていくべきであるし、流入に対して消極的な姿勢を維持するのであれば、ファイナンスや物資の支援なのにおいて今以上に積極的に受け入れ国へ支援をしていくことが筋であろう。

 

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